【代表インタビュー】第2弾 子どもを体験から遠ざける コットンウールカルチャーって?

「安心して子どもを産み育てられる社会の土台は、子どもの遊びから」

第1弾では「子ども基本法&子ども家庭庁設置法が可決 子どもが遊ぶことを保障する社会へ!」と題して、子どもにとって遊ぶことがなぜ大切なのかを、TOKYO PLAY代表理事の嶋村仁志(以下嶋村)がお話してきました。第2弾では「子どもを体験から遠ざける”コットンウールカルチャー”」について、引き続き白石千恵子さん(思春期男子ふたりの母)にインタビューしていただきました。

第2弾

子どもを体験から遠ざける コットンウールカルチャーって?

ーー「コットンウールカルチャー(Cotton wool culture)」とはどういったものなのですか?

(嶋村)コットンウールカルチャー(Cotton wool culture)」とは、子どもを「真綿でくるむように」危険から遠ざける風潮のことで、イギリスでは10年以上前から問題視されてきました。

こういった風潮の背景には、怪我をするかもしれないからスポーツをやらせない、危ないからと木登りを禁じる、不衛生だから自然の中で遊ばせない、などの親の関わりだけでなく、「何かあっては大変だから」と学校での自然体験活動が敬遠されるなどの社会的な責任回避もあります。これはイギリスだけで起こっていることではなく、日本にも同じ状況があるといいますが、皆さんにも身近に思い当たることがあるのではないでしょうか。

参考:OLDHAM EVENING 「Cotton-wool culture is bubble trouble」
https://www.oldham-chronicle.co.uk/news-features/8/news-headlines/87035/cottonwool-culture-is-bubble-trouble

何が危ないかを知らないのが 実はいちばん怖い

――コットンウールカルチャーの、何が問題なのでしょうか?

(嶋村)子どもに怪我でつらい思いをしてほしくない、安全な環境で過ごしてほしいと願うのは、親ならば自然なことです。しかし、行き過ぎた危険回避は、子どもが小さな危険からたくさんのことを学ぶ機会を奪っているだけでなく、場合によっては子どもをより大きな危険にさらすことにもなってしまいます。

たとえば、「高所平気症」という言葉を聞いたことはありますか。「高いところを怖い」と思わない症状を示す造語です。「高いところが怖い」という感覚は生まれつき備わっているものではなく、幼いうちに経験して身につくものだといいます。高いところにのぼったりそこから飛び降りたりする遊びのなかで「これくらいは大丈夫、これくらい高いとまずい」といった感覚が養われていくものです。そうした経験が乏しく高所に対する恐怖心の希薄な子どもたちは大きな怪我に繋がる転落をしてしまいます。特に生まれたときから高層階に住んでいる子どもたちが転落してしまう、という痛ましい事故も起こっています。

何が危ないか知らない、ということは、実はとても危ないことなんです。そして、危険を判断する力というのは自分でいろんな経験をすることで、養われていくものなのです。

自分の意思で動かないと 感覚が育たない

1963年にアメリカの心理学者ヘルドとヘリンによって行われた「ゴンドラ猫」という実験があります。幼い子猫が二匹、装置の中に入れられています。図のように片方の猫は自分で歩くことができますが、もう一方の猫はゴンドラに入れられ、自分の意思で動くことができません。歩くことができる猫の動きと連動して移動する仕組みになっています。一方が動けばもう一方も動くため、見えているものはほぼ同じです。
この装置で長時間過ごしたのち解放された二匹にテストを行うと、自分で歩けた猫は正常に動くことができたのに対し、ゴンドラに入れられていた猫は、空間認識がうまくできないことがわかりました。見ることはできても、そのものと自分との距離を測れない、視覚と体の動きが連動しない様子がみられ、ぶつかる、来るものを避けられない、餌に届かないといったことが観察されたのだそうです。この実験から、自分の意思で動かなければ、感覚が育たないことがわかるといいます。能動的に自らの身体を使って働きかけることで、私たちは初めて身の回りの世界を認識することができるわけです。

――なんとなく危なそうだな、とか、これ以上はやめたほうがよさそうだ、などと、経験がなくても自然にわかるというか、判断できるようにも思えるのですが。

(嶋村)当たり前の感覚のように思えるかもしれませんが、それは子どもの頃からの膨大な経験の蓄積によるものです。高いところで足がすくんだり、ごつんと頭をぶつけたときのなんとも言えない痛み、間一髪でヒヤッとした経験、身につけた感覚のすべてが、一瞬の判断の助けになっています。そうした経験の積み重ねがないまま成長しなければならない子どもたちが、とても気がかりです。

遊びの中で適度な危険に触れることが、大きなけがを防ぐ

ーー遊ぶことは、子どもが自分でけがを防ぐ力にもつながっていると聞いたことがあります。

(嶋村)日本体育大学教授の野井真吾先生の著書『子どものケガをとことんからだで考える』(旬報社)によると、子どもたちの「危険を察知する」力の低下は、経験の不足だけでなく、脳の前頭葉機能の未発達と大きな関係があるといいます。大脳前頭葉は他の生き物と比べてヒトに特徴的に発達している器官で、やる気や集中力、判断力、コミュニケーション能力などを司ります。「未来を予測して、物事の最終判断を下す機能」(同書より)も含まれます。この部分が未発達のため、子どもたちは危険を予測することができず、ひと昔前なら考えられないような怪我が学校などで多発しているというのです。

そして、この前頭葉の発達のために必要なのが、幼い頃から「子どもらしく無邪気に“はしゃぐ”こと」(同書より)、つまり思いっきり遊んでワクワク・ドキドキすることなのだそうです。

それを阻害しているのが、やはりコットンウールカルチャーと言えるのではないでしょうか。

 ーー公園だけでなく、学校や保育園・幼稚園の校庭・園庭などでも、「危ないから」という理由でたくさんのルールが作られていますね。

(嶋村)「ジャングルジムは2段目まで」「ブランコは立ちこぎしてはいけない」「滑り台は逆から登ってはいけない」「校庭の隅に行ってはいけない」……確かに、子どもたちの遊びには危険がいっぱいで、「もし、ああなったら、こうなったら」と考えだせば、心配は尽きません。

でも、本当に危険なのは、リスクそれ自体ではなく、それをコントロールできないこと、リスクから守られすぎることこそが危険なんですよね。

ジャングルジムの高い場所にはどんな危険があって、どうふるまえば無事に降りてこられるのか、それを自分で判断し、体をコントロールできれば、大きな怪我はせずにすむのですから。子どもが自分で登りたい!と能動的に感じていさえすれば、そうした思考と体の連動は、自然に起こります。それが遊ぶことで育まれる力なのです。


リスクの価値を知って、コットンウールカルチャーから抜け出そう

 ――どうしたらコットンウールカルチャーから抜け出せるのでしょうか。

(嶋村)子どもが想像力を働かせて危険をコントロールできるように、周囲の大人が過剰に子どもを守るのをやめることが必要ですが、ひとりの努力ではどうにもならないのも確かです。公園で子どもを自由に遊ばせてあげたいと考えても、周囲の目を気にしてなかなか難しい、と感じる保護者は多いと思います。

イギリスでは、行き過ぎたコットンウールカルチャーへの反省から、フォレストスクール(自然体験)や、子どもたちがリスクについて体験し学べる場の必要性が見直されています。そこでは、「リスクとベネフィット」という考え方が大切にされていて、挑戦する危険と、そこで得られるベネフィット(効用やメリットという意味)が見合っているかを考えて、何でも禁止しないようにしようという考え方が提唱されています。

また、政府の健康安全局は、行政や子どもの活動をしている人たち向けにガイドラインを発表したり、積極的に啓発ポスターを作るなどの取り組みも行われています。日本でも、社会の意識を変えるために、いろんな角度からの工夫が必要だと思います。

 ーー嶋村さんは、長年、冒険遊び場・プレーパークと呼ばれる遊び場に関わってきていると思いますが、そのお話を聞かせてください。

(嶋村)冒険遊び場・プレーパークでは、当初から「小さいけがをすることで、大きなけがを防ぐ」という考え方を大切にしています。今、社会的には「リスク」と「ハザード」という言葉で「危険」を整理することが一般的になってきています。これらは同じ「危険」という言葉に訳されますが、「リスク」は元々「けがの可能性」という意味で、子ども自身が選んで挑戦する危険を指します。ハザードは偶発的かつ突発的な種類の危険を指していて、子どもは挑戦することができません。重度のハザードは、命に関わる場合もあります。

(参考:こどもまなびラボ「危険にも種類がある。挑戦が達成感に変わる「リスク」と「ハザード」はどう違うのか?」)

(嶋村)できるかどうかわからなくてドキドキするけれど、挑戦して成功したらすごく楽しかったり、達成感を得られる危険(=リスク)は、遊びになくてはならないもの。リスクを負うことで、子どもは自分自身のことや、自分が生きている世界について知るチャンスを得ます。それは、誰かに教えてもらうことはできず、自分自身の身体と心を使って経験することでしか学べないのです。

「危険」に対する考え方や視点を変えて子どもと関わってみると、「危ないこと」が少し違って見えてくるかもしれません。そんな大人が増えていけば、日本でも「コットンウールカルチャー」から抜け出すための光が見えてくるのかもしれません。

次回
第3弾「子どものことは子どもに聞こう!丁寧なヒアリングで未来が変わる」

●嶋村 仁志●
一般社団法人TOKYO PLAY代表
一般社団法人日本プレイワーク協会代表、 NPO法人日本冒険遊び場づくり協会理事、IPA日本支部運営委員、大妻女子大学非常勤講師。
2010年、TOKYO PLAY設立時より代表に就任し、2005年から2011年にはIPA(International Play Association・子どもの遊ぶ権利のための国際協会)東アジア副代表を務めるなど、国内外で活躍。
共著に『子どもの放課後にかかわる人Q&A50:子どもの力になるプレーワーク実践』(学文社)
翻訳本『インクルーシブって、なぁに?〜子どもを分けない場づくり はじめの一歩〜』(著フィリップ・ダウチ/TOKYO PLAY)が発売中。

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