2018年度より開始した渋谷どこでも運動場プロジェクトも今年で5年目を迎えました。途中、世界を襲ったコロナ禍により取り組みを控える時期が続きましたが、今春から徐々に開催も増え始め、またこれまで溜まっていたエネルギーが噴き出したかのように、実施してみたいという相談も増えてきました。
このタイミングで、改めて渋谷どこでも運動場プロジェクトの趣旨を広くお伝えするため、4回に渡り記事を公開していくことにしました。
その他の記事
①渋谷区 長谷部区長 × TOKYO PLAY 嶋村仁志 対談
②TOKYO PLAY 代表理事 嶋村インタビュー
③実施グループインタビュー
第4回は、道路を活用して地域コミュニティづくりや健康増進に取り組んでいるイギリスの事例をご紹介しながら、住民主体の身近な場所を使った遊びや運動の機会が生み出すものについて考えたいと思います。
※写真はTOKYO PLAYによるものです。
イギリスの「プレイストリート」
渋谷どこでも運動場プロジェクトは、TOKYO PLAYの自主事業である「とうきょうご近所みちあそびプロジェクト」をモデルにして生まれました。そして「とうきょうご近所みちあそびプロジェクト」にもモデルがあり、それがイギリスで広がっている「プレイストリート」という取り組みです。
プレイストリートは、イギリス南西部の国際色豊かな港湾都市であるブリストルにて二人の女性が始めた取り組みが基礎になっています。子育て中だった二人は、自分たちが子どもの頃は家の前の道路が身近な遊びの場であったことで、多くの家庭の豊かな子育て環境を支えられていたということに気づき、そうしたことが今でもできないだろうかと考えたのです。二人はPlaying Outという団体をつくり、2009年に最初のプレイストリートを行いました。
一度始めてみると、近所の人たちに「どうやるの?」と聞かれるようになり、自分たちのやり方を教えているうちに、あちこちで実践がどんどんと広がっていきました。二人はプレイストリートがもっと多くの場所で行われるようにと、資金調達や情報発信、政策提言を進めていき、2013年には、プレイストリートが子どもの健康増進につながるとして、保健省がプレイストリートの制度開発に予算をつけるまでになりました。今ではイギリスの100以上の自治体において、1,500カ所以上の道路で定期的にプレイストリートが行われています。
プレイストリートがもつ社会的なインパクト
イギリスでは、政府がプレイストリートの健康効果を認め、多額の資金が投入されているのですが、それはプレイストリートがもたらす効果を様々な調査で明らかにしているからなのです。
日本と同じくイギリスでも、子どもの自由な遊びの重要性が忘れられ、地域社会のつながりや信頼性が低下していることもあり、道路を含めて公共の場は子どもに優しくないものになっています。その結果、子どもの運動量の減少から肥満やその他の健康問題につながっています、また、地域社会での人のつながりもつくりづらくなっていることで孤立化が進み、幸福度の低下やメンタルヘルスの問題が増加するという状況も生まれています。
イギリスのプレイストリートは、このような悪循環を断ち切り、外遊びを子どもたちのふつうの生活の一部として取り戻すことを目指しています。さらにこの取り組みが子どもだけでなく、大人や地域が抱える諸問題にもよい影響を与えるとされています。以下、その一部をご紹介します。
《子どもたちの健康とウェルビーイング(well-being)の向上》
世界保健機関(WHO)は、「高血圧」「喫煙」「高血糖」に次ぐ死亡要因として「運動不足」を挙げており、運動不足の人を2030年までに15%減らすことを目標としています。子どもに関しても1日に60分以上の運動実施を推奨しているのですが、ブリストル大学の研究によると、プレイストリートで遊んでいる子どもたちは、ふつうの日の放課後に比べ3~5倍も活動的になっているという結果が出ています。プレイストリートが運動不足の解消につながることがわかります。
街なかで遊ぶことは、子どもたちが年齢や背景、学校の違いを超えて新しい友人を作ることにもつながっています。また、通りを行き交う大人たちとも知り合うことができ、子どもたちはコミュニティへの帰属意識と信頼感を高めることができるようになります。
プレイストリートが開かれている地域で行ったアンケートでは、大多数の人が、子どもたちが異年齢の子どもたちと交流したり、新しい友人を作ったり、社会的スキルを向上させていると報告されています。またそのことが、子どもの社会的自信と精神的なウェルビーイングの向上にもつながっているという報告もあります。
《地域住民の信頼関係が高まる》
イギリスは多民族国家で、同じ地域の中にも多様な人種の人が住んでいます。生活の背景となる文化や習慣が異なる人同士が同じコミュニティで生活するため、時に衝突が起きることもありますが、プレイストリートでは、「地域の子どもたちが安全な道路で遊べるように」という共通の目標に向かって近隣住民が協力することで、各々の背景を超えた信頼関係が生まれることがわかっています。
新型コロナウイルスのパンデミックの最中では、プレイストリートがあったことで近隣の住民同士が知り合いになり、住民によるサポートグループを立ち上げ、「不安やうつに苦しんでいた一人暮らしの高齢者の精神的サポートも含めて、必要な人に食べ物やその他のサポートを届けるのに役立った」という事例や、地元のフードバンクのための募金箱を設置した地域もありました。
ほかにも、プレイストリートによって、子どもの姿が街なかで見えるようになると、街はより安全で、住みやすい空間に感じられるようになります。ニューカッスル大学が行った研究では、86%以上の住民が、プレイストリートに取り組んだ結果、自分の通りがより安全に感じられるようになったと報告されています。
《積極的な市民参加・市民活動を促進する》
プレイストリートは身近な市民活動への参加の入口にもなっています。プレイストリートを企画したり、当日の運営を手伝いしたりする中で、さらに地元の他の取り組みにも参加するきっかけになることも多いようです。Playing Outが2017年に実施したプレイストリートに関する調査では、回答者の3分の1以上が、プレイストリートに参加したことによって、他の地域活動への参加につながったと回答しています。回答者の一人は、『自分のコミュニティや住んでいる通りでポジティブな変化を起こす力がついたと感じる』と語っています。公衆衛生学の研究では、このような主体性や物事を変える力が、人々の健康に良い影響を与えることが明らかになっています。
また、周りの大人たちがプレイストリートを企画・運営し、身近なストリートをみんなが楽しめる場所に変えていく様子を見ることは、子どもにとってもいい影響があります。シティズンシップを学び、コミュニティに対する帰属意識や誇りが高まるなど、多くの社会的な価値を身近で感じられるようになるのです。
最後に
以上、イギリスのプレイストリートとその価値について見てきました。この中で出てきた調査や研究はイギリスやアメリカで行われたものですが、日本においても当てはまる部分が多くあるのではないかと考えています。
近年、日本においても公共空間を活用した取り組みが全国的に広がっていますが、まだまだ地域住民が道路を歩行者天国にして気軽に活用できる状況ではありません。その中でも渋谷区は、渋谷どこでも運動場プロジェクトだけでなく、渋谷おとなりサンデーや、ササハタハツエリアの388 FARM β(ササハタハツファームベータ)など、住民が主体となって公共空間を活用できる取り組みが多く、日本における先進地と言ってもよいのではないでしょうか。私たちは「渋谷どこでも運動場プロジェクト」が渋谷区内でもっと盛んに開かれるように引き続き推進をしていきます。より多くの方にこのプロジェクトを知っていただけるよう、ぜひこの連載記事のシェアをお願いします。
【参考文献】
『WHEN LONDON PLAYED)』London Play 2011、日本語版『まちじゅうであそぼう!』嶋村仁志訳 TOKYO PLAY 2013
【参考サイト】
・Playing Out(https://playingout.net/)
・London Play(https://londonplay.org.uk/)
・The Street Party Site(https://www.streetparty.org.uk/)
・Hackney Play Association(https://www.hackneyplay.org/)